2010年 08月 17日 ( 1 )

今日という日

まだ、夏期休暇中ですが、こんばんわ。
皆さまは、夏満喫しましたかー。

わたくしは、夏期休暇と言っても、旅行に行ったり遊びに行ったりはなく……
例年通り毎年参加させて頂いているイベントのスタッフとしてお仕事と細かい業務などをチラホラと。
まぁ毎年の事ですが、休暇とはいいつつも、休暇らしい休暇はない。
夏休みに旅行に行ったり、海やバーベキューなどは、成人してから1回あったぐらいかな。これも会社でやったバーベキューだしなー。


そんな夏期休暇の後半の今日、17日は父の17回目の命日です。享年51歳でした。
父と生活した期間より、もう父が居ない生活の方が長くなってしまいました。
父とは、あまり仲良くなかったけど、今なら一緒にお酒を飲んだりしたかったなと思います。
唯一の心残りは、一緒にお酒を飲めなかった事。
ですので、近所にあるお寺へお酒を持ってお墓参りへ行ってきました。

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ビールが小さいのは、大人の事情です。
缶チュウハイは、わたくしが美味しく暑い日差しの中飲み干しました。
外で飲むアルコールは最高ですね!


父がなくなったのは今から17年前の暑い夏。

多発性骨髄腫

という血液のガンです。
最近では、結構ドラマなどで取り上げられたりする病気なので、名前を聞いた事がある方もいらっしゃるかもしれません。
今でも発症率は10万人に2~3人居るか居ないかの、難病です。
父が発症した当時よりは、医療も進み、進行を遅らせる治療薬などが出てきているそうですが、それでも発症してしまうと、そんなに長くは生きることが出来ない病気。
元々細かった父が、入退院を繰り返す度に、どんどん骨と皮だけになって行き、出血が止まらなくなっていく…。
今でも、危篤で意識が無いのに、苦しくて悶える姿は、ハッキリと覚えています。

父が死んだ17年前の17日もとてもよい天気でした。
危篤続きだったけど、体調も安定し、他の親族がお見舞いに行ったりした時は、元気に会話もしてたりしてたそうなので、当面は大丈夫だろうと先生の判断もあったので、学生だった私たち兄弟と近所の同級生とで、頂いた豊島園のプールのタダ券で遊びに行った。
出かけた直後に、急変し、当時は携帯電話やポケベルなんて持ってる時代ではなかったので、同級生の親が必死に電車や豊島園に緊急連絡で呼び出しをしたそうですが、当の本人たちは全く気付いていませんでした。

14時頃。

園内ではずっと緊急のアナウンスをしてたそうですが、そのアナウンスに気付いたのがこの時間。
この時間こそが、父が息を引き取った時間。

とりあえず、すぐに戻ってこいという同級生の親からの伝言で、大至急病院に向かうが、既に父はもう自宅に戻っており、叔父が病院で私たち兄弟を待ってたのをよく覚えております。


母親の話では、最後は無意識にもがき苦しんで、息を引き取ったと聞いており、きっと苦しんでいる姿を父はきっと見せたくなかったから、自分たちを遊びに出したんだよ。

自分も様々な状況を総合すると、不思議と納得できる。
とても不思議な事ですが、きっとそうなんだと思います。



今でも両親が健在の人は、どうぞ後悔する前に出来る事は今のうちに。
人間いつどうなるかわかりませんから。


そんな8/17の朝に庭に咲いていた朝顔とユリ。

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父の建てた家で、今日も一生懸命、生きています。
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by daitenshi-kaz | 2010-08-17 23:59